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2020年、東京オリンピックが開催されます。
世界各国から、多くの観光客がやってくることは
日本にとって大きなチャンスです。

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神戸ムスリムモスク外観

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近くて遠い、イスラム教の世界

日本で生活をしていると、仏教やキリスト教に対して、
イスラム教はやや遠いものではないでしょうか。
その一番の原因は情報が不足していることでしょう。

しかし、いまやイスラム教徒は全世界人口の
4分の1を占めるともいわれています。
アラブや中東のイメージが強いイスラム教ですが、
インドネシアやマレーシアなど、アジアにおいても
多くの信者が存在しています。
親日国として有名なトルコもイスラム国家です。

そして、非イスラム圏の国々でイスラム教徒が直面するのが
「食」の問題です。
豚肉に限らず、豚由来の成分を含んだものを口にすることは
禁忌(ハラーム)とされ、化粧品や衣料品の分野にも及びます。
そして、これらの問題を克服し、イスラム法上で食べることを
許された食品のことを『ハラール食品』と呼んでいます。
(出典:「ハラールマーケット最前線」実業之日本社)

観光で来日した人がこのハラール食を求めた場合、
簡単に見つかるのでしょうか?

日本有数の観光地である神戸でハラール認証を
受けたレストランはどれくらいあるのでしょうか。
「ハラール 神戸 レストラン」で検索をかけてみると、
わずか数軒しかヒットしません。
そして、「ハラールレストランを探している」旨の
書き込みがみられます。

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やはり、ハラール食を求めることはかなり難航するようです。

では、味はどうなのでしょう。実際に行ってきました。

クセがあるものもあるが、なかなか美味しい

訪れたのは神戸北野にあるパキスタン料理の「ナーンイン」

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神戸ムスリムモスク(教会)のすぐ近くにあり、
金曜日の礼拝の日にはハラールバイキングがあります。
そのバイキングに行ってきました。

ハラールバイキングの様子

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チキンビリヤニ(チキン入焼飯)・・・右側。パスマティ米で美味

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チキンマサラ(カレー)・・・骨付。クセもなく美味

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マトンマサラ(カレー)・・・骨付。かなりクセがあり、苦手

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お皿が一皿しか使えなかったり、飲み放題といって2.5Lのコーラが出てきたり、
クセのある店ではありますし、マトンなどはクセがあり好みが分かれるでしょうが、
チキンやナンなど馴染みのあるものも多くあり、なかなか美味しかったです。
これなら、レストランの通常メニューとしてもっともっといろんなお店で
出されてもよいように思いますが、実際にはハラール食は広まっていません。
これには理由があります。かなりコストがかかるのです。

鶏肉や羊肉、牛肉などはハラール食品ですが、イスラムの方式に則って
飼育・処理されたものでないとハラール食とは認められません。
また、調理場や調理道具においても同様に厳格な決まりがあります。
そして、ハラールとして認められるには「ハラール認証機関」から
認証を受ける必要がありますが、そこにも費用が発生します。
これらのルールと仕組みがハラール食提供の
大きな障壁となっているのでしょう。

ブルーオーシャンにちがいない

ハラール食を提供するには、上述のとおり小さくないハードルがあります。

しかし、マーケットは決して小さくありません。
すでに様々な分野において多くの企業が参入していますが、
外食産業においてはまだまだ競合は少ないと言えるでしょう。

世界各国から観光客が多く訪れる都市においては、
他の飲食店と比較されることなく選ばれることでしょう。

イスラム教徒が多く生活する都市においては、
今まで困難だった外食を可能にする店として
あっという間に口コミで広まるでしょう。

競合することなく選ばれる、そんな可能性が
ハラールレストランには秘められています。

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【編集後記】
最近、1歳になる息子が歩き始めました。
まだヨタヨタしててかなり危なっかしいです。
こけなきゃうまくならないということで
極力支えたりしないようにしていますが、
ついつい手を出しそうにもなります。
“見守る”というのもなかなか難しいものですね。

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石田 修朗

1976年生まれ。B型。姫路出身。 (雇わず、雇われずの)“ひとり税理士”として活動中。テニスとカレーを愛する、二児の父です。経営者の不安を安心に変えることにこだわっており、脱力することと手を抜くことのちがいを意識しています。