Pocket

兵庫県福崎町には、子どもが泣き叫ぶ“本当の河童”がいました。

DSC02578

子どものころからすぐそばにいた妖怪

聞くところによると最近の妖怪は一緒に体操したりするとか、、、

DSC02608

おそらく、水木しげる先生の『ゲゲゲの鬼太郎』あたりから
その存在がただ怖いだけではなくなったように思いますが、
私が幼いころ、妖怪というのはまだまだ怖い存在でした。

とくに「天狗」「鬼」「河童」というのは、
話の由来はわからないままに、その威圧感に
ただただ圧倒されていたことを記憶しています。
(鬼追いで泣き叫ぶ写真が実家には残ってるはず)

その中でも、「河童」のエピソードは強烈で、
川で泳いでいると足を掴んで引きずり込まれる、とか!

いや、こわいでしょ。こわすぎます。。。

おかげで、5歳でクロールを習得していたにもかかわらず
浮きを持たずに川で泳ぐことができたのはそれよりも
ずいぶんあとになってからでした。

きっと先人たちの知恵で、子どもの水難事故を防ぐために
言い伝えられたものだとは思うのですが、その絶大な抑止力を
体感した自分としては、妖怪が身近な存在になり下がることに
寂しさを覚えます。

そんな寂しさを吹き飛ばしてくれる、昔ながらの妖怪を
あじわえるスポットが、兵庫県神崎郡福崎町にあります。

辻川山公園界隈

福崎町は、民俗学者の柳田國男さん出身の町で、
彼が「私の家は日本一小さな家だ」と称した生家が、
今も移築して遺されています。

その移築された生家からほど近い場所に
辻川山公園という公園があります。
その公園のため池に、「河童」が出没します。

公園の名前では案内が表示されないカーナビがあります。
その場合は「柳田國男生家」か「柳田國男・松岡家記念館」と
入力いただければ大丈夫です。その一帯が辻川山公園です。

公園の前には10台ほどが駐車できる駐車場があります。

DSC02546

柳田國男さんの生家もすぐそこです。

DSC02545

こちらがその生家。

DSC02559

中に入ることもできて、当時の生活を想像させてくれます。

すぐ横には旧郡役所が移築され、今は資料館として使われています。

DSC02561

そして、問題のため池がこちらです。

DSC02548

ん?池のそばから何かがこちらを見ています。。。

ここには兄弟の河童がいます

彼は兄の河太郎(ガタロウ)。

スクリーンショット 2015 05 01 10 51 30

実はこちらの河童は兄弟なんです。

かれら兄弟のエピソードはこちら。

スクリーンショット 2015 05 01 10 54 12

この話を読んでから、河太郎のそばにいくと、
「尻子玉」を手に持つその後ろ姿はどこか寂しげです。

DSC02552

けど、やっぱり顔は怖い・・・。

DSC02553

弟の河次郎(ガジロウ)は今も池に潜んでいます。

スクリーンショット 2015 05 01 10 59 36

彼は時間にきっちりしていて、9時〜18時の00分と30分、
きまって出没します。

いよいよ、河次郎登場!

その時間になると、池の中心で泡が出てきます。

DSC02566

そして、いったん泡が止んだあと、ためてためてためてから、
満を持して、河次郎が出現。

DSC02573

この瞬間、観に来ていた家族連れのうち、約半数のお子さんが
歓声をあげ、残りの半数は泣き叫びます。

これはたしかにこわい。子どもたちの脳裏には
この日の光景がしっかりと焼き付くことでしょう。

スクリーンショット 2015 05 01 11 14 55

別角度から観ても、やはりこわいもんです。

姫路城からぐるりと一日で散策できます

少し足を運ぶと、映画「ノルウェイの森」や大河ドラマの
ロケでも使われた砥峰高原もあります。

P1000597
(2013年10月、ススキがきれいです)

車移動でないと不便ですが、朝からだと「姫路城」
「河童」「砥峰高原」は一日でじゅうぶんに回れます。

「砥峰高原」はゆったりとくつろぐことができますので、
行程の最後にもってくることをおすすめします。

では。

==============================

【編集後記】

4月の事務所月次処理終了。
今年は順調です。

【昨日の一日一新】

スタバ フルーツオントップヨーグルトフラペチーノ

==============================

The following two tabs change content below.

石田 修朗

1976年生まれ。B型。姫路出身。 (雇わず、雇われずの)“ひとり税理士”として活動中。テニスとカレーを愛する、二児の父です。経営者の不安を安心に変えることにこだわっており、脱力することと手を抜くことのちがいを意識しています。